老人とチェス
私は暇な入院生活を老人とチェスをしながら過ごした。
始めはヴェッグルゴーストについて話を聞くため、
だがこれまで友人のいなかった私にとっては、
他人と遊ぶゲームがこれほど面白いものなのかと思わずにはいられなかった。
この町の老人はチェスが好きだ。
昔はかなり流行っていたようで、町の各所にはチェスの駒のオブジェが建立されている程だ。
チェスの大会も頻繁に開催されていたらしく、
大がかりな大会にもなると、遠く離れた町の外からも強者がやってきて町を賑わしたようだ。
そんな話を聞きながら、私はポーンを見ていた…
ポーンは「兵隊」最弱の駒である。
1マス先に進む事しか出来ず、敵であれ味方であれ1マス先に他の駒があれば動く事が出来ない。
目の前に立ち塞がった敵に攻撃する事も逃げる事も出来ない。
そんな身動き一つ出来ないポーンに自分を重ねたのだ。
ハイビスカスはどこかしら?
心の中でそう呟いた。
ポーンはあっけなくやられてしまった。
アンパッサン (en passant) という私の知らないルールが適用されたのだった…
知らないルールが適用され殺されたポーン。
しかしながら、人生とはそういうものなのかもしれない。
納得して死にゆく人などいないだろう…
いるとすれば、それはまさに狂気に満ちている。
そして私のポーンを殺した犯人もまた、ポーンそのものであった。
管理人 K