わたしはそれを、虚影。そう呼んだ。
いや、そうとしか表現することができなかった。
すくなくとも、わたしの知るあらゆる事象の範疇では、理解も説明も不能だったそれを、わたしは仮にそう呼んだのだ。
それは、いかにも奇怪で不可思議で胡乱で、そして滑稽だ。
初めてそれを目にしたのは、わたしがまだ学生のころ。
そう、たしか3丁目。当時そこには空漠たる土地がただ広がっていた。
なにがしかの施設の建設予定地との話だったが、予定はえてして未定であり決定ではなく、例にもれずその土地も閑却されていた。
時間に忘れ去られた虚ろな空間と、時間の奔流に飲みこまれた煉瓦張りの道との境界。
いま思えばそれこそが、わたしの日常と、知らぬ誰彼の日常との境界だったのかもしれない。
管理人 H