ミームボルグの魔女

年の劫

死体泥棒

一連の幻覚を医者に話すと、専門外なので何とも言えないと億劫そうに言われた。

少しばかり気落ちはしたが、言葉に出して他人に話すことで少なからず気持ちは落ち着いた。

 

病室に戻る時、看護婦達が忙しなく話しているのが聞こえる。

死体泥棒が出たらしい。

 

この町では若くして亡くなると稀に死体が忽然と姿を消すことがある。

新鮮な臓器が闇で売買されているだとか、美しい少女の死体は剥製にしてオークションにかけられるのだとか…

どれも都市伝説に過ぎないのだが…

 

忘れられた存在

談話室、老人たちが屯する。

その中に混じり、一人ニュースペーパーを眺めながらハーブティーを飲む。

 

それは、ふとしたきっかけであった。

老人はどうも心の垣根が低い。

 

いや、それとも忘れられた存在になりたくないのかもしれない。

 

病気なのか?怪我なのか?

仕事は何をしているのか?恋人はいるのか?

そんな事をマイペースに聞かれ、ニュースの内容もおざなりに適当に受け答えする。

 

適当に受け答えしていたのだが…

 

お前さんヴェッグルゴーストを見たんか…
火傷で済んだのは運が良かったのぅ。

 

ん?この老人、今なんと仰った?

ヴェッグルゴーストとは一体何のことか?

 

私は疑問を投げかけたが、既に答えは分かっていた。

 

一連の幻覚の正体を、この老人は知っているに違いない。

 

それは良くある噂話

老人の話はえてしてつまらない物である。

この話も以前の私ならば、適当に聞き流してしまう類の話だったであろう。

 

ヴェッグルゴーストを見たものは死ぬ。

老人はそう言った。

 

彼の多くいた友人は、一人、また一人と亡くなっていったらしい。

それはそうだ、自然の流れである。

しかし、その中には亡くなる前日、或いは前々日…数週間前…

兎に角、亡くなる前に、

この世の物とは思えない黒い影の様な生き物を見たという者がいたそうだ。

 

そんな話をしていると、

さっきまでテレビの前でチェスを愉しんでいた老人達もこちらに来て話し始めた。

 

どうもヴェッグルゴーストと言うのは老人達の間では日常的な類の話らしい。

そして、私がそれを見たかもしれないと言うと、

いかにも神妙な面持ちで対処法を教えてくれた。

 

「ハイビスカスはどこかしら?」

 

それが対処法の呪文であるが、

果たして効果があるのかどうかは疑問であるし、そもそも2度と出会いたくはない。

 

なにはともあれ、私は他にも同じような人間いるという事実を聞いて、

気狂いになった訳ではないと。
そう思えた事は大きな収穫だった。


管理人 K


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